【ストーリー】盗想訓練300区

(※架空/二次SS) 神都ピカレスク
【盗想訓練300区】


 

ケネス「お、ここから出られるぞ!」
昼下がりビルの一室。
小さな新聞社『カイエ・デ・ドロゥボー』に、ケネスはいた。

 

デスクを埋め尽くす紙束。
その一枚に、ケネスはゴールマークの旗印を書きこんだ。

 

ケネス「次は4区め…か。」
相棒であるギャスパーは出かけており、室内にはいるのは暇を持て余したケネスひとり。
 
特にすることがなかった彼が、今の作業を始めたのは、単なる気まぐれだった。

 

逃走経路を考える訓練。
盗みを美しく行うためにやっておけ、とギャスパーに言われていたが、これっぽちもやる気などなかった。
 
が…手持無沙汰ゆえに、手を出した。
単調作業の上、面倒ではあったが、それゆえ、暇つぶしには丁度いい。
 
ケネス「この場合…こっちか?」
激しく様変わりするこの街に、変わらぬものなどない。
道も建物も目まぐるしい速さで変化していく。

 

ケネスがペンを走らせているこの地図も、”今”実在するものもあれば、”過去”にあったもの、”未来”にできるかもしれないものなど、現実と虚構が雑多に織り交ざっている。

 

そうして暇つぶしに没頭し、どのくらいたったろうか。
長く続いた、単調作業は注意力の喪失を呼ぶ。

 

それゆえ、彼はベルの音も、扉の開く音も、背後に近づいて来る人影にすら気がつかないという失態をおかした。
 
今久留主「ケネスさん随分と集中して…何をやっているのですか?」
ケネス「んー…盗みの逃走経路を…ってうおわ?!先生いつの間に!?」
ケネスからしてみれば、突如現れた少年だ。
あまりのことに、動揺も隠せない。

 

今久留主「ベルは鳴らしましたよ?反応がないから留守かとも思ったのですが…ものは試しと扉に手をかけた所、開いてしまいました!」
ケネス「そういや、鍵かけてなかったっすね。」

 

今久留主「それで、その紙はなんですか?昼間からそんな熱心に見つめて、は!?もしや!?エッ!!!」
ケネス「先生、違いますから。落ち着いてください。」
少年の態度がいつも通りすぎて、動揺してしまったケネスの心はあっという間に、平坦になった。
少年の名は今久留主好介。いくつもの難事件を解決した素人探偵にして、生粋のど助平である。

今久留主「ふむ、ふむふむ…。」
ケネス「いやいや、見ないでくださいよ。」
今久留主「これは街の地図ですか?いやしかし実在しない箇所も…。」

ケネス「あーーー、まあこの街のどこで事件がおきても…その…すぐ駆けつけスクープを撮るための訓練かなんか???そんなアレです。」
咄嗟にそれっぽい理由をつけ誤魔化す。
 
今久留主「なるほど、仕事熱心ですね。」
こちらが拍子抜けするほど、今久留主はあっさりと納得してくれた。
 
今久留主「だとすれば、こんな区も想定してはどうでしょう?」
広げた紙の中で、外郭だけが存在していた白地図に、少年は新たな道をさらさらと書いていく。
 
一瞬、ケネスの脳裏に眼前の“危険人物“に対する警戒が浮かんだが、これは架空に作られた地図だ。
例え逃走訓練のための地図だとて、気にすることはないと思い至った。
 
ケネス「これは?」
見せられた地図には、『上』『天』『左』『草』など、ケネスにとって馴染みのない形をしていた。
 
今久留主「僕の国の言葉をモチーフに書いてみました。面白いでしょう?」
ケネス「いやー、面白さとかはいらないんですけど…。」
とはいえ、自分ひとりで考えているより、多角的な発想ができて良いかもしれない。

それに集中力が切れた今となっては、今久留主との会話は丁度いい息抜きになっている。
もちろん、暇はまだ持て余しているのだ。 
となれば、今久留主の誘いを断る理由はケネスにはない。

ケネス「この形からすると、ここにお宝…いやいや、スクープがあるとして…。」
今久留主の書いた地図に、さらに想定した障害物や出口などをつけ加え、どう進んでいったら良いかを書き進める。
 
今久留主「なかなか良い妄想ですね。……嗚呼っ妄想!!僕の得意分野ですよ!!そう妄想があれば、あーーーんなこともぉ、こーーーーんなこともぉおお!」

ケネス「いやいや…なんでそんな興奮してんすか…。(怖ぇわ!?)」
やっていたのは、地図のどの方向へ進むかなどを考えていただけだ。
助平が興奮するような妄想などではない。

だが、相手はど助平だった。

今久留主「何を言うのです、ケネスさん!!混沌としたこの地図、それを女性に置き換えて妄想して御覧なさい!むふ!ぐふっぐふふ。」
ケネス「…うっわーーー、まあ先生が変態なのはもう治らないんで別にいんですけど。」
今久留主「ふふ、褒めても何もあげませんよ?」
ケネス「褒めてねえよ!」
 
今久留主「まあ。何もあげないとは言いましたが、褒めていただいたことですし、妄想の神っ髄をお見せ致しましょう!!」
ケネス「いやだから誉めてねえって。」

言うや否や今久留主は、様々な妄想…もとい新たな架空の地図を次々と書いていく。
今久留主「ああああぁああっんっ!正に百花繚乱!」
ケネス「うん、もう黙っててもらえますかー。」
 
しかし書き出される、地図は役にたった。
その数、300
 
今久留主が書き出した地図を元に経路を考え、妄想しきった頃には、かなりの時間が経過していた。
 
 
-数日後-
秩序という檻を失った夜の街を駆けるふたつの影があった。
ギャスパーとケネス、ふたりの盗賊はいつものように盗みを終え…そして…。
 
ギャスパー「くっ…。」
盗みに美学を求めるギャスパーが、盗みの最中こんなに焦っているのは珍しい。

ケネス「おいこっちだ、ギャス!」
疲れを見せるギャスパーと違い、まだ体力に余裕のあるケネスが新たな逃走経路を示す。
 
ギャスパー「ほう、ケネス…今日は冴えているな。」
ケネス「へへっ。」
 
入り組んだ路地を駆けながら、ギャスパーは苦々しく呟く。
ギャスパー「しかし、こうも後手に回るとは…。」
ケネス「あーーー、まあなー。」
 
今回、ギャスパーが用意していた、予備そのまた予備の予備の逃走経路全てに、手が回っていたのだ。
そう…彼らの“天敵”である、ある探偵の手が…。

ギャスパー「正直侮っていた…。ただの変態だと。」
ケネス「いや、変態は否定できないけどな。」
と、ここでふたりの会話を切断するように人工的な光が突如現れた。
 
薄暗い路地を煌煌と照らす光を背に、ひとりの少年が性的興奮を感じているかのような笑みを浮かべている。
???「ふふ…んふふふ…、薄暗い路地。いいですねこのシチュエーションだけでもう!ぐふっ…。おっと、そこまでですよ!さあ捕まえさせてもらいます!」

逆光のため、少年の表情がふたりにはっきりと見えたわけではないが、気持ち悪さはここぞとばかりに伝わった。
ふたり「「……………。」」

先ほどから、何度も逃走を邪魔されている相手にして、今もっとも遭いたくなかった相手。
そう、探偵の今久留主である。
 
今久留主「この経路も予測ずみです!なんていったって300区、そう300区、嗚呼っ!300区にも及ぶ妄想をケネスさんと積み重ねたのですからね!!!彼のスクープ用訓練が、まさかこんなにも、僕に役立つとは思いませんでした!!」
 
ギャスパー「……おい。」
今久留主の言葉の端から事態を察したギャスパーは、原因であるケネスへジロリと視線を向けた。
ケネス「えっと…その………悪ぃ!」

ギャスパー「………今はとにかく逃げることを優先する。――が、それが終わったら、ペナルティを払ってもらうからな。」
ケネス「げーーー…!?」
 
その後、夜通しに及ぶ逃走劇を繰り広げながらも、なんとか逃げ切れたのは、やはり300区に及ぶ盗想訓練の成果だとケネス思った。
 
ギャスパー「だから!そもそもその盗想訓練を、ふたりでしてなかったらこうなっていないんだぞ!?」
ケネス「……オッシャルトオリデス。ゴメンナサイ。」
 

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