【ストーリー】盤上戦線

(※架空/二次SS) 空戦のドルキマス
【盤上戦線】


 

コトという硬質な音と共に、盤上の駒が終局を告げる。
エルナ「おや…???」
ディートリヒ「話にならん。」
チェスの対局は圧倒的な差をつけ、ディートリヒの勝利であった。

 

エルナ「と言われましても、スラム育ちのわたしに、このような高価なゲームの相手を求められてもですねえ…。」
負けた悔しさなど微塵もさせず、少女は眼前の男に、にこりとかわいらしい笑顔を見せる。

 

ディートリヒ「エルナ、貴官も軍人だろう。遊戯ではあるが、“これ”は戦場の指揮と変わらん。」
軍人なら粗末な指揮を執るなと、実力主義を推すディートリヒらしい忠言であった。

 

エルナ「わたし、指揮は専門じゃないもので。」
むしろルールを覚えただけでも、褒められるべきですよ!と言いながら、また笑みを向ける。

 

だが、優秀な軍人でも、チェスが得意でない者など大勢いる。
ふたりの勝負を見守っていた男、ブルーノもそのひとりである。

 

ブルーノ「閣下の求める“質”は、何事においても高すぎるのですよ。」
しかし、このような発言をディートリヒに気軽に出来る彼は、チェスが不得意な軍人である事より、よほど異質であった。

 

ローヴィ「………。」
同じく勝負を見ていたローヴィは、エルナとブルーノが出す、朗らかな空気とは逆に緊張を高める。
“使命”がなければ、自分もふたりのようにディートリヒに接する事ができるのだろうか?
答えは否。
ローヴィ「(私には、出来そうもない…。)」
ひとり緊張したローヴィを置き、会話は進む。

 

ブルーノ「大体ですね。閣下相手に、年端もいかない少女が敵うわけ―。」
ディートリヒ「どうだかな。エルナが本気になればまた違うかもしれん。」
ブルーノ「は?」
ディートリヒ「――が、今のままなら結果は変わらないだろうな。」

 

ブルーノ「お?おぉお?君には秘められし力でもあるのか?………はっなかなかに怖いな。」
ディートリヒから、特異な評価を得たエルナへブルーノが驚きの混じった視線を向ける。

 

エルナ「いえいえ。いたいけな少女に、秘密などひとつもないですよ。」
ブルーノの視線を受け、少女はスラム出身とは思えぬ、上品な笑みで返した。

 

ディートリヒ「……エルナ、ひとつ忠告しよう。」
エルナ「はい??何でしょう。」

 

ディートリヒ「先程も言ったが、“これ”は戦場だ。」
ディートリヒの長い指がチェスの盤上…“戦場”をつぅとなぞる。
ディートリヒ「戦場で戦っている時、己の本性を隠せるものなどいない――。」
室内に微かな緊張が走った。
盤上に向けられていたディートリヒの視線が、流れるようにエルナへ移動する。

 

心の奥底まで覗かれているような、底知れない瞳をエルナは真っ向から見つめ返す。
エルナ「…………。」
ディートリヒ「――とはいえ、貴官が何を考えていようと使える駒ならば、隠し事があろうが無かろうが構わん。」

 

ローヴィ「……。」
ふたりのやり取りを見ていた、第三者であるはずのローヴィの体が、ぎしりと強張る。
自分が瞳を向けられているわけではないのに…。
自身もまたディートリヒに、見透かされているような恐怖がある。

 

エルナ「…ならわたしも、ひとつ宜しいでしょうか?」
場の空気を変えたのは、エルナの柔らかい声だった。

 

ディートリヒ「ほう?許可しよう。言ってみたまえよ。」
エルナ「閣下はもう少し、感情を表に出した方が宜しいかと。」

 

ローヴィ「??????」
エルナの放った、場にそぐわぬ言葉の意味が、理解できずローヴィは困惑した。
ブルーノ「ぶふっ!!!」
そして理解したブルーノは、笑いをこらえようとし、口から盛大に空気が漏れた。

 

ディートリヒ「…………。」
エルナ「先ほどの対局、勝利が確実になる辺りから、よっし!やったあーもうすぐ勝てるぞお!!みたいな嬉しさでいっぱいでしたよね?」

 

ローヴィ「!?!?!?!?」
続けてエルナが放った言葉にローヴィは、さらに困惑した。
ブルーノ「ぶふっっ!!!」
そしてブルーノは、やはり笑いをこらえようとし、またも口から盛大に空気が漏れた。

 

ディートリヒ「…………。」
エルナ「それをもっと、こう顔面に!表情として出されてはいかがでしょう?」

 

ローヴィ「ま、待ってください。まさか…閣下がそのようなっ!」
とてもそんな人間らしい…ゲームに勝ちそうで嬉しいなど、シンプルな喜びが???ディートリヒにあると思えない。
例え喜びがあったとて、弱った相手を追い詰め、弄び楽しむような嗜虐的なものではないのか?

 

困惑に混乱を重ねていたローヴィにエルナが、にこりと微笑む。
エルナ「副官、戦場で戦っている時、己の本性を隠せるものなどいない――のですよ。」

 

ローヴィ「ッ!?」
ぱちりとかわいいウィンクと共に、先ほどのディートリヒの言葉を返す彼女にぞっとする。

 

ローヴィもディートリヒとチェスで対局した事はある。
だが、目まぐるしく動く駒に翻弄され、ディートリヒの本性を見るどころの話ではなかった。
ローヴィ「(やはり彼女も、ただものではない…。)」

 

ブルーノ「いやー!これは一本取られましたな。」
ディートリヒ「………。」
ブルーノ「戦に勝って勝負に負けた、と言ったところですか?」

 

ディートリヒ「……………。」
エルナ「あ、ほらそれもですよ!その悔しいっ!!っていう、かわいらしい感情を頑張って顔に出していきましょう。さあ!!」
ローヴィ「!???!!!??」
ローヴィにはまったく動いて見えない、ディートリヒの顔をエルナが指さしている。

 

ディートリヒ「くだらん。――休憩は終わりだ。各自持ち場に戻れ。」
話はここまで、とばかりにディートリヒが会話を打ち切る。
エルナ「はい!」
ブルーノ「はっ!」
ローヴィ「!???!!!??」
あっさりと行動を切り替え、移動を開始したエルナやブルーノと違い、ローヴィは動く事が出来ずにいた。

 

ディートリヒ「――ローヴィ、二度の命令が必要か?」
ローヴィ「あ…は、はっ!失礼しました。直ちに持ち場へ戻ります。」
ぎこちなく右手と右足、左手と左足をセットで動かし、ローヴィは扉へ進む。

 

バタンと閉まる扉の音を合図に、ドルキマス国上級大将ディートリヒ・ベルクの休憩は終局した。
 

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